大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)88号 判決 1985年10月25日

大東市泉町二丁目一〇番三三号

原告

桑原昌博

右訴訟代理人弁護士

松尾直嗣

村松昭夫

東大阪市永和二丁目三番八号

被告

東大阪税務署長

山下功

右指定代理人

高田敏明

川野善朗

中西俊章

岸本卓夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告が昭和五七年二月二五日付で原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決

2  被告

主文と同旨の判決

二  原告の請求原因

1  原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分の事業所得にかかる所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の更正処分(以下「本件処分」という。)と過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)及び異議決定並びに国税不服審判所長がした裁決の経緯、内容は別紙1記載のとおりである。

2  しかし、被告がした本件処分は原告の事業所得を過大に認定したものであるから違法であり、したがって、本件処分を前提としてされた本件決定も違法である。

よって、本件処分及び決定の取消を求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認めるが、同2の事実は争う。

2  被告は、原告の係争各年分の所得税の調査のため、昭和五六年一〇月から同年一二月までの間四回にわたり被告部下職員を原告の事業所に臨場させ、原告に対し事業内容の説明を求めるとともに事業所得金額算定の基礎となる帳簿資料の提示を求めたが、これを拒否されたので、やむをえず原告の取引先に対する反面調査の結果等に基づいて原告の事業所得を後記のとおり算定した。

3  原告の総所得金額は、昭和五三年分が四九八万七五六八円、昭和五四年分が八九八万五五八九円、昭和五五年分が七一八万〇六三一円であるから、いずれもその範囲内でされた本件処分及びこれを前提とする本件決定に違法はない。

4  原告は電気溶接機を使用して溶接業を営む者であって、係争各年分の事業所得金額の内訳明細は別紙2記載のとおり、各項目の算出根拠は次のとおりである。

(一)  売上金額

売上先別の明細は別紙3記載のとおりである。

(二)  算出所得

被告は各年ごとに、管内に事業所を有し溶接業(電気溶接機以外の溶接機を使用している場合を除く。)を年間継続して専業として営み、継続して青色申告書を提出し係争各年分につき不服申立又は訴訟を提起しておらず、売上金額が原告の概ね五〇パーセント以上、一五〇パーセント以下の範囲内にある同業者を抽出したうえ、各年分ごとに別紙4の(一)ないし(三)のとおり右同業者の売上金額に対する算出所得金額の割合(以下「算出所得率」という。)の平均値を求め、これを(一)の原告の各年分の売上金額に乗じて算出した。

(三)  雇人費

原告は使用人の弟博美及び父二三男に支払った給与につき所得税の源泉徴収をしていなかったが、博美は四条畷市長に対し給与収入金額を昭和五三年分一〇八万円、昭和五四年分一三二万円、昭和五五年分一四四万円として、二三男は東大阪市長に対し昭和五三年分の給与収入金額を六三万円として住民税の申告をしているので、これらについては右申告額を採用し、二三男の昭和五四、五五年分については、博美の給与収入の伸び率から七七万五〇〇〇円、八四万五〇〇〇円と推計した。

(四)  地代家賃

これは原告が支払った原告の事業所の賃借料である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告主張の2の事実は争う。被告部下職員は原告が調査に応じようとしているのに、民主商工会(以下「民商」という。)の職員の立会を拒否して一方的に調査を打ち切ったものである。また反面調査は納税者の調査だけでは課税所得の内容が把握できないことが明らかになった場合に限り、その部分についてのみ納税者の了解のうえで許されるべきものであるのに、被告は原告に対する調査が継続中の段階で反面調査を行なっている。このような調査手続は違法であり、また被告は調査を尽していないことになるから、本件推計課税は推計の必要性の要件を欠いている。

2  同3の事実は争い、同4の事実中売上金額及びその明細並びに地代家賃額は認めるが、その余は争う。

3  被告主張の推計方法は、次の点で合理性を欠く。

(一)  原告の営む事業は鉄工業であり、係争各年分の所得税の確定申告書にもその旨記載されているのに、被告はあえて原告の事業を溶接業とし、しかも何ら合理的根拠なく電気溶接機以外の溶接機を使用する者を除いて同業者を抽出したものであるから、被告がした同業者の選択には合理性がない。

(二)  原告のような鉄工業者においては、材料支給の有無、支給されるとしても有償か無償かは算出所得率に大きな影響を及ぼす。何故なら、売上金額と一般経費額が同じならば材料を無償で支給される業者の方が売上原価が少なくしたがって算出所得は多くなるからである。ちなみに、被告が選択した同業者について売上原価の売上金額に対する割合(以下「売上原価率」という。)を算定すると別紙5のとおりであって、売上原価率が一〇ないし二〇パーセントの群と四〇ないし五〇パーセントの群との二つに分かれるが、これは材料が無償で支給されるか否かの違いによるものとしか考えられない。したがって、前者の群に属する業者は材料をほとんど購入している原告とは業態を異にするから、推計の基礎にすべきではない。

4  原告の使用人は、弟博美、父二三男、母仲美の三名であり、原告が支払った給与の額及びその内訳は別紙6のとおりである。なお、仲美はほぼ毎日原告の事業所に来て雑用等の仕事に従事していた。

五  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件処分等の経緯、内容)は当事者間に争いがない。

二  推計課税の必要性について判断するに、成立に争いのない乙第四ないし第六号証及び証人井手善男の証言、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)によれば、原告が被告に提出した昭和五三年分ないし昭和五五年分の所得税の確定申告書は所得金額欄にそれぞれ一一〇万円、一二五万円、一二五万円との記載があるだけで、その算出基礎となるべき収入金額、必要経費の欄には何ら記載がなかったこと、そこで被告の部下職員である井手善男は昭和五六年一〇月二七日原告の事業所を訪問し、原告に帳簿の提出を求めたところ、丁度外出しようとしていた原告は井手に対し、帳簿はなく確定申告書に書いた金額はどんぶり勘定である、経理についてはすべて民商に任せてあり、事業内容や取引先は被告の方で調査したらよい旨返答したこと、そこで井手は一部反面調査に着手した後、同年一一月一二日再度原告の事業所を訪れて帳簿の提出を求めたところ、原告は反面調査をしたことに抗議し、民商に立会要請の電話をかけようとしたので、井手は民商の立会は認められないと述べて帰庁したこと、井手は同年一二月一四日原告に反面調査の結果等に基づき所得金額を説明して修正申告を勧め、これに応ずるかどうかを翌々日電話で返答するよう伝えたのに対し、同月一六日原告から自分の計算ではそのような所得金額にならない旨の電話があったので、井手が帳簿をつけていないのに計算が違うというのであれば何か書類があるはずであり、その書類と突合せて確認したいから見せてほしいと求めたところ、原告は民商の立会を認めれば書類を見せてもよいと答えたこと、井手は同月一八日原告の事業所を訪れ関係書類の提出を求めたが、原告が民商の立会に固執したので、これを拒否し、結局原告から書類の提示を受けることなく帰庁したこと、以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

右認定事実によれば、原告は被告の調査に協力せず、係争各年分の所得金額を実額で算定するのに必要な帳簿書類ないし原始記録を全く提示しなかったのであるから、被告が、原告の取引先の反面調査によって把握した原告の収入金額等を基礎に係争各年分の所得金額を推計等により算定したのは何ら違法でないというべきである。

なお、原告は井手が民商の立会を拒否して一方的に調査を打ち切った旨及び反面調査は補充的でなければならない旨論難するが、税務調査につき第三者の立会を認めるか否かは、調査の必要性と相手方の私的利益とを比較考慮して社会通念上相当の限度にとどまる限り、調査担当職員の合理的な選択に委ねられているものというべきところ、右認定事実の下では井手による第三者立会の拒否は右合理的選択の範囲を逸脱したものとはいえず、また、反面調査は、納税者の信用に影響を及ぼす虞れもあることから慎重に行うことが望ましいとしても、原告主張のように調査の要件を限定しなければならないものではないから、原告の右主張は失当である。

三  そこで推計の合理性につき判断するに、係争各年分の原告の売上金額及び売上先別の明細は当事者間に争いがない。

前出乙第四ないし第六号証、証人藤原和彦の証言により真正に成立したと認められる乙第二、三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一二ないし第二三号証、証人藤原和彦の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

1  原告が被告に提出した係争各年分の所得税の確定申告書の職業欄には「鉄工」との記載があったが、被告は、原告の主たる取引先である進和金属工業株式会社及び森田ポンプ株式会社に原告の業態について照会し、原告が電気溶接機を使用する溶接業者である旨の回答を得たので、係争各年分ごとに同業者として、管内に事業所を有し、溶接業(電気溶接機以外の溶接機を使用している場合を除く。)を年間継続して専業として営んでいる事業者のうちから、青色申告書を提出し係争各年分につき不服申立又は訴訟を提起しておらず、売上金額が係争各年分ごとに原告の売上金額の概ね五〇パーセント以上、一五〇パーセント以下の範囲内にあるものをすべて抽出したところ、一二業者が得られたので、右同業者について売上金額、売上原価、一般経費、算出所得金額を調査し、これにより別紙4の(一)ないし(三)記載のとおり各年ごとに同業者の算出所得率の平均値を求めた。

2  原告は、配電盤及びその骨組、消防自動車の骨組、ベルトコンベア、化学工場用のタンク、電車の座席の骨組等を製作しているが、その工程は、取引先から受領した図面をもとに、主として自ら購入した鉄板等の材料を切断、溶接して所定の型に仕上げ、グラインダーをかけて完成させるというものであり、右作業のために電気溶接機、ガス切断機、孔あけ機を有していたが、旋盤や圧延機は備えていなかった。

3  前記抽出同業者一二名の作業内容は、一名を除いて図面による注文がなされており、別の二名を除いて溶接以外に材料を切る工程があり、全員についてグラインダー等による仕上げの工程があるというものであった。

右事実が認められるところ、これによれば原告の営業内容は溶接のみに止まらないが鉄工業というには広範に過ぎるものであり、原告の主たる取引先が原告の業態を溶接業と認識していることや抽出された溶接業者の作業内容が原告のそれに類似していることに鑑みると、被告が原告を溶接業を営む者と判断して同業者を抽出したことには合理性が認められるし、その抽出に際し電気溶接機以外の溶接機を使用している者を除外したことも、同業者の業態は可及的に類似する方が望ましいから相当というべきである。しかしてその他の抽出基準もすべて合理的なものであり、抽出された同業者数もその個別性を平均化するに足りるものということができるから、被告主張の同業者の算出所得率の平均値によって原告の所得を推計することは合理的というべきである。

原告は、売上金額と一般経費額が同じならば材料を無償で支給される業者は原告に比べて売上原価が少なく、したがって算出所得率が高くなる旨主張する。しかしながら、自ら材料を購入する場合にはその材料費は経費に計上されるほか、売上金額もこれを加算した額になるのが通常であるから、右のような前提で比較することに意味があるとはいえないし、原告本人尋問の結果によっても、材料支給方法の違いは利益に影響しないことが窺える。(なお、原告本人は、同業者間では特殊な製品以外は自ら材料を購入することが多いとも述べており、材料の無償支給は例外的な形態と思われる。)よって、材料支給方法の違いが売上原価ひいては算出所得率に影響を及ぼすとの原告主張は失当であり、他に被告主張の推計が不合理であることを窺わせる事情は存しない。

そうすると、原告の係争各年分の算出所得金額は別紙2の算出所得欄記載のとおり、昭和五三年分が七二二万九五六八円、昭和五四年分が一一六三万二五八九円、昭和五五年分が一〇〇五万二六三一円となる。

四  次に、特別経費のうち雇人費について判断するに、成立に争いのない乙第七、八号証、第一〇、一一号証、証人藤原和彦の証言及び原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を総合すると、原告は係争各年の間弟博美、父二三男、母仲美の三名を従業員として雇用し、博美には原告と同様の仕事を、二三男及び仲美には補助的な仕事を担当させ、同人らに給与を支払っていたこと、しかし原告は源泉徴収手続をせず賃金台張その他支払給与の記録も残していないこと、博美は四条畷市長に対し昭和五三年分は一〇八万円、昭和五四年分は一三二万円、昭和五五年分は一四四万円の給与収入があったとして住民税の申告をし、昭和五四年分、昭和五五年分の所得税について右と同じ金額を給与収入として門真税務署長に申告していたこと、二三男は東大阪市長に対し昭和五三年分は六三万円の給与収入があったとして住民税の申告をしたが、昭和五四、五五年分については住民税の申告をしなかったこと、仲美は係争各年分について全く住民税の申告をしていないことが認められる。原告は右三名には別紙6記載の額を給与として支払ったと主張し、原告本人もこれに沿う供述をしているが、右供述は前掲証拠と対比して採用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠がない。

右事実によれば博美の係争各年分及び二三男の昭和五三年分の給与収入金額は同人らの右申告どおりであったと認めるのが相当であり、二三男の昭和五四、五五年分については、同人の昭和五三年分の額を基礎に博美の給与収入の伸び率から七七万五〇〇〇円、八四万五〇〇〇円と推計するのが合理的であり、また仲美の給与収入金額は原告が実額主張において二三男の給与収入金額の約八割の金額を主張していることに照らして、二三男についての前記認定金額の約八割、即ち昭和五三年分が五〇万円、昭和五四年分が六二万円、昭和五五年分が六八万円と認めるのが相当である。

そうすると、雇人費は昭和五三年分が二二一万円、昭和五四年分が二七一万五〇〇〇円、昭和五五年分が二九六万五〇〇〇円となり、地代家賃額については当事者間に争いがないから、特別経費合計額は昭和五三年分が二七四万二〇〇〇円、昭和五四年分が三二六万七〇〇〇円、昭和五五年分が三五五万二〇〇〇円となる。

五  そこで係争各年分について前記算出所得金額から右特別経費の額を控除すると、原告の係争各年分の事業所得金額は、昭和五三年分が四四八万七五六八円、昭和五四年分が八三六万五五八九円、昭和五五年分が六五〇万〇六三一円となり、これが原告の係争各年分の総所得金額となるところ、本件処分及び本件決定はいずれも右金額の範囲内でなされたものであるから何ら違法は存しない。

六  以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木敏行 裁判官 古賀寛 裁判官 松田亨)

別紙1

申告・更正等の経過

<省略>

別紙2

原告の事業所得金額

<省略>

別紙3

売上金額一覧表

<省略>

別紙4の(一)

同業者の算出所得率表(昭和53年分)

<省略>

(注) 各年分の同一記号は同一業者を示すものである。

別紙4の(二)

同業者の算出所得率表(昭和54年分)

<省略>

(注) 各年分の同一記号は同一業者を示すものである。

別紙4の(三)

同業者の算出所得率表(昭和55年分)

<省略>

(注) 各年分の同一記号は同一業者を示すものである。

別紙5

売上原価率表

<省略>

別紙6

原告主張雇人費の内訳

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例